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マダム山陽(田辺山陽)

19XX年 静岡県で生まれ、幼少の頃から名古屋市で過ごす。

19XX年 20代から易、四柱推命、タロット、西洋占星術等を学ぶ。
     運命学の源とされる中国や台湾で勉強を重ね、信頼のおける鑑定法を会得。
     自ら主幹する「山陽庵」にて個人鑑定、占い師養成、運命学研究、現行執筆、講演などしている。

1988年 どなたにでも気軽に来て頂けるよう、占いスペースの常設店【 占の城 千夜物語 】を開設し、
     マダム山陽 として実占と占い師の指導に当たる。

テレビ、ラジオ、雑誌やマスコミ等でも精力的に活躍しています。
30年に亘る運命鑑定で親、子、孫と長くお付き合いいただいています。

信 条

運勢の悪いときにも"どうしたらよくなるか幸福への道へ導く、夢と希望と元気を与えられるようアドバイスします。

占 法

易・四柱推命・気学・タロット・西洋占星術・手相・人相・家相・風水・カバラ数霊

鑑定内容

運勢・事業・結婚・恋愛・相性・家相・風水・方位・命名・店名・社名・占い原稿

出張鑑定

講演・各種イベント・出張鑑定、etc.

マダム山陽(田辺山陽)が占い師になった理由

山陽が占いの道に入ったのは、四柱推命が怖いほどよく当たる事を、身を持って体験したからです。


23歳のとき結婚を約束した恋人がいました。結婚式は翌年の4月と決まりました。
ウエディングドレスも用意していました。
母は私の姉と兄の結婚の時、ある占い師に見てもらい「良縁」と言われていました。
私の時も同じように出かけたのです。
「この男性と一緒になると、あなたの命が亡くなる。止めた方がよい」と言われたのです。
若かったので占いは迷信と思っていましたから、さして気にも留めず結婚する気でいました。
二ヵ月後に式を控えた2月に、彼が半年間の長期出張で九州へ行くことになりました。
「一緒に来てほしい」と言われましたが、「式も挙げずに行くのはとんでもない」と言う
父の反対で、式を延期し彼だけが出張に出かけました。
三か月後、彼は思いがけない事故に遭いその後亡くなりました。
もし一緒に行っていたら私も事故に遭っていたかも知れません。
父の堅実さが私を救ってくれたのです。
占いに出た「命を亡くす」とはこのことだったのかと、悲しさと同時に背筋がゾッと寒くなりました。


あの時占い師が「いけない」と言うだけでなく、
どうしていけないのかを教えてくれていたら、解決策を見つけられたかもしれません
この件がきっかけで占いに興味を持ち、独学を始めました。
あの占いが四柱推命だったことも分かりました。
本格的にプロの占い師について易や手相、タロットなど勉強しているうち、
運命学の世界にどっぷりはまって今に至っています。


自分の経験から、良い場合も悪い場合も「どうしていけないのか」「どこが悪いのか」「相性は○%か」
「どうしたら良くなるか」といった理由を専門用語でなく、わかりやすい言葉でお話しています。

運命を簡単に変える事はできません。
しかし、
運命の中の出来事を心掛けや努力工夫によって、少しずつ変えていく事は可能なのです。

この先の人生、運命を少しでもよりよくしていくお手伝いをいたしています。

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